第5話 温泉を掘るということ

26~27年前の事です。

「ホテルを計画されている事を聞きました。」

「今回井戸を掘らせて頂き、いい水に恵まれましたが、今度は温泉を掘りませんか?」

「何ィ~」

次の瞬間灰皿が投げ付けられました。

「俺をだまして金を取ろうとしとるな~」

当時、外食産業の店舗展開で飛ぶ鳥を落とす勢いだった、血気盛んな名物社長が顔を真っ赤にして私たちを睨んでいます。説得は続きます。

「地質状況から考えて、深く掘れば温泉は出せます。」

「奈良の真ん中で、この新しいホテルの目玉として温泉を導入しましょう。」

社長はぶっきらぼうに言います。

「絶対温泉はでるんやな。」

すかさず答えます。

「温泉は出ます。いや出します。」

少し間をおき、社長が睨みながら

「ほ~。そんなに自信があるんやったら掘って見いや。」

「但し金は温泉がでてからやぞ~。」

社長がそう言われた時、温泉を掘るということは、お金の損得だけではないことを感じました。

地域では大注目のホテル事業です。

ホテル建設費用の中での温泉開発費用は、それほど大きなウエイトを占めません。

でも、もし温泉が出なかったら、敵対する同業者から今回のホテル事業が不調という情報も流されそうです。

関連事業にも大きな影響を及ぼしかねません。

これまでの足跡や成功を続けてきた事業が否定的に見られる可能性さえあるということを社長は直感的に感じているように思えました。

温泉掘削工事は始りました。

私たちはもちろんですが、それ以上に社長は祈るような気持ちであったのかもしれません。そんなそぶりはまったく社長にはありません。

ホテルの建設工事も始まり、かわらず精力的に事業を進められています。

数カ月してめでたく約40℃の温泉が湧出しました。

寒い時期なので温泉井戸付近は湯気だらけです。

ホテルの完成を控えTVや新聞などのマスコミも多数取材に来ています。

湧出している温泉井のそばで私たちが待っていると、怖い顔をした社長が現場に現れました。「やっと出たか?」と言われてゆっくりと温泉に触れて確かめたり、口に含んだりしています。「ほんまの温泉やな」・・・・・・・。

その後、湧出する温泉井戸のそばで社長のインタビューや撮影が次々に行われます。

その日の夕刊には大きく「温泉湧出」「天平の熱き想いか?」(平城京跡に近い現場だったので)等の記事がありました。

夕方のTVニュースにも取り上げられています。

地域ではほとんどの人が温泉湧出とホテルのオープンを知りました。

後日温泉掘削工事終了を社長に報告に伺いました。

「温泉の湧出はかなり無料で宣伝になった。温泉工事費用分くらいの広告費用になったな。」

「温泉が出てよかったですね。」

「お前の会社もいい宣伝になったやろ?」

「どや、工事代金は半分でええか?」・・・・・。

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